なぜ、原発事故の映画を作ったのか?(終)「朝日のあたる家」
幸せとは何か?
それは昔の人が皆持っていたもの。
貧しくても、それが人々を支えていた。
それが戦後、どんどんと失われて来た。
それが「絆」。
人と人の絆。家族の絆。
それが日本人を支えて来た。
そこにこそ本当の幸せがあるのではないか?
でも、それがなかなか分からない。
人が本当に大事なものを知るのは、実は「不幸」の時代。
戦争があってこそ、命の大事さが分かる。
悲しいけど、それが人。
その意味で原発事故というのは、戦争を越える究極の不幸。
戦争は降参すれば終わるが、放射能は降参しても何万年も放射線を出し、
人々を苦しませる。
そんな原発事故を見つめることで、
奪われた家、引き裂かれた家族、バラバラになったクラスメート。
そんな別れと悲しみを見つめることで、
本当に大切なことが見えて来るのではないか?
それを「朝日のあたる家」で描きたかった。
それこそが「朝日」を作った意味。
だからこそ、何があっても原発事故を描く映画を作らねばならなかった。
それこそが僕が映画を作る意味であり、目的。
生活のためとか、有名になりたいとか、そんなことではなく、
映画を作ることで親子に本当に大切なことを伝えられると考えたから。